感想リバイバル

  • 『魔術師の物語 (新潮文庫)』デイヴィッドハント, David Hunt, 高野裕美子 新潮社

魔術師の物語 (新潮文庫)

魔術師の物語 (新潮文庫)

これは凄い。色彩を判別できない、女性写真家ケイが親友であった美しい男娼のティムの惨殺を機に、その真相と過去に起こった連続殺人を探っていくという物語。
謎に包まれたティムの過去を知る魔術師の登場。色彩を判別できないという新たな視点、事件の情報の側面と意外性、それぞれが描写に圧倒的な存在感と彩りを加え、とてつもない幻惑性と美しさを醸し出す。 性の不透明性と猥雑感、存在感のある登場人物たち、事件に影を見せていくティムの双子の姉アリアン、過去の事件に関わっている刑事たち、そしてケイの父、各人の描き方が素晴らしい。あえて不満を言えば、猟奇殺人のピースとなるべき一片一片が劇的な結合を果たせなかったことかな。

李歐 (講談社文庫)

李歐 (講談社文庫)

古代日本、大陸の夢はすぐ間近にあった。新羅百済高句麗、隋、抗争と交流、技術、言葉を異邦人から学び、そして争い、共に夢を見た。
鋼を打ち、武器を手に取り、桜に酔い、夢を見る。これは、古代から続く現実だ。夢だ。
ひとりの男が生きる現実は夢であり、夢見るは、半身である友である。
工場、機械、その音、桜、銃、異邦人、その人々に囲まれ育った幼い日々、夕闇、孤独、断絶、出会い、友、親、妻、子、人が現実で出会い、夢見るもの、そして大陸へ…
これはやはり夢だ。桜の、大陸の見せた幻…

わが心臓の痛み

わが心臓の痛み

心臓移植を受け、連続殺人犯担当のFBI捜査官を引退していた主人公のマッケイレブの元に現われた女性はこう告げる。彼の胸の中で動いている心臓は、コンビニ強盗に遭遇して殺された彼女の妹のものだと。
この事件に関わる決意をしたマッケイレブが探り出す真相とは?

主人公が事件に関わる必然性、心臓、移植、彼の捜査歴、その因縁、後半の二転、三転する捜査が、全ての伏線に繋がっていくこの巧さ!ボッシュシリーズの陰影と孤独、その魂を前面に押し出す作風から、より成熟した抑制された雰囲気を感じられる。それが心臓移植を受けた主人公という、制約を受けた設定と巧く噛み合っています。そして何より、コナリーのミステリに対する姿勢は素晴らしいものがある。ミステリという謎解きに対する物語に対して、真摯な姿勢を常に貫く処といい、映像解析、情報アクセスといった最新の科学捜査から謎に到達させる手法といい、僕自身にはツボです。彼はやはり最高峰の作家だと思う。

火蛾 (講談社ノベルス)

火蛾 (講談社ノベルス)

時は、12世紀、セルジューク朝治下のペルシア。ス−ウィーとして修行を積むアリーは、ある啓示を受け、聖者ハラカーニーが修行する山にて、研鑚を積むこととなる。そして、次々と修行者が殺されていく事件が起こるのだった。

宗教的啓示をテーマに添えた本格傑作は、まさに圧巻。
スーウィー、シーア派、神秘教団、拝火教、階梯、生と死、言葉、二元論、この時代の宗教的エッセンスを、火蛾に導かれたひとりの修行者の物語として語ることで、一の連環を啓、示してみせた本格超絶傑作。

金沢城嵐の間

金沢城嵐の間

筒井順慶の元で闘ってきた老雄 中坊秀祐を主人公に添え、筒井家の家督をめぐる攻防を秀祐の息子との葛藤、老猫を人生に照りあわせる趣向などを取り込み描いた作品『伊賀越えの道』人生、武士の興趣、生き様を描いた秀作が詰め込まれた良い短編集。

少年たちの密室 (講談社ノベルス)

少年たちの密室 (講談社ノベルス)

東海地震で到壊したマンションの地下街に閉じ込められた6人の高校生と担任教師。
暗闇の中、少年のひとりが死亡する。事故か?殺人か?
各キャラクターの性格、スキル・ディレクトリ・それぞれの基本設定と、感情・シチュエーションが完璧に提示され、背景にある事件・起こる事件を、提示した条件で論理的に解決に導く。実に良い本格。

古書店アゼリアの死体 (カッパ・ノベルス)

古書店アゼリアの死体 (カッパ・ノベルス)

立て続けに不幸に見廻れた元編集員の相澤真琴は、その不幸の止めとばかりに、葉崎の海岸で死体を発見することとなる。死体は、所持品から葉崎の名門一族前田家の失踪中の御曹司という可能性がでて、この街の様々な人間の思惑が浮かび上がってくる。そんななか、真琴はロマンス小説専門の古書店アゼリアを経営する前田紅子に見込まれ、店番を頼まれることとなる。

傑作ではないだろうか。相澤真琴と、葉崎に生まれ育った葉崎FMの渡部千秋を中心に、葉崎に立て続けに起こる事件の震源地である前田家に絡む人々を描き出す様は、まさにコージーミステリの王道。
悪意と毒の水滴を含んだ秘密、裏面、意外な人間関係がラストになって小さな印象深い波紋となって読者の前に現われる。素晴らしい!

騙し絵の檻 (創元推理文庫)

騙し絵の檻 (創元推理文庫)

幼馴染の女性と彼女を調査していた探偵を殺したとして16年もの月日を監獄で送ったビル・ホルト。仮釈放された彼は、自分を罠に嵌めた犯人を捜すべくかつて自分が所属していた企業に乗り込む。容疑者はビルとおなじく株主である役員7名。

主人公の復讐心が尋問、調査、観察、照合、評価、比較といった徹底的な推理構築に費やされ行く趣向が、本格としての品格をこの作品に与えています。復讐心と彼の調査を手伝う元新聞記者のジャンへの気持ちで揺れ動く主人公、過去のフラッシュバックが現在の容疑者たちの意外な一面・殺人時の行動を掘り起こし、再構成するテクニックも見所です。
うん、これはすごい。品のある最高級の本格。

  • 『裁かれる判事』上・下巻 スティーブ・マルティニ 集英社

裁かれる判事〈上〉 (集英社文庫)

裁かれる判事〈上〉 (集英社文庫)

裁かれる判事〈下〉 (集英社文庫)

裁かれる判事〈下〉 (集英社文庫)

警察組合内部の不正を調査する大陪審が招集され、微妙な関係である検事補ルノーに頼まれ弁護士ポールは証言者である警官の代理人となる。大陪審を指揮する判事アコースタはポールの仇敵であるがアコースタが売春教唆で逮捕され、その囮捜査をした女性が殺されることによって事態は急展開し、ポールが弁護を引き受けることとなる。エンターテイメントとしてのリーガルサスペンスの書き手としては、実力、コストパフォーマンスともN.o.1のマルティニ。今回も仇敵の弁護を引き受けるまでの道筋の付け方の巧さ、導入部に示された警察組合、そして風俗課が事件に関わり主人公たちをも脅かしていく展開は実に手に汗握る面白さ。皮肉を交えた私的会話、二転三転する裁判描写。どれも一級品と言えよう。

真実の行方 (福武文庫)

真実の行方 (福武文庫)

街の聖者と慕われていた大司教が司教館で斬殺され現場近くではエアロンとい う青年が発見され容疑者として逮捕される。圧倒的に不利と見られた裁判を敏 腕弁護士ヴェイルを中心としたチーム捜査で意外な事態に導いていく。実力の ある作家はやはり違う。サイコものとリーガルサスペンスの最もショッキング な部分を効果的な演出で表現した物語にしている。エアロンの過去の紐解き、 街の司法機関のからくり、法廷戦術、文句のつけようもないほど効果的で巧い。

炎の裁き (ハヤカワ文庫NV)

炎の裁き (ハヤカワ文庫NV)

偉大な弁護士である父親の元、大手法律事務所でぬくぬくと暮らしてきた主人公ピーター・ヘイルは、自らの無知と過信からミスを招き大事な訴訟に惨敗。 人間的に根本的な自己への甘さを持っている息子に父は最後のチャンスとして オレゴン州の片田舎であるウィタカーで公選弁護人をしている友人の元で修行 させることを命じる。その頃ウィタカーでは連続殺人事件が起きており、一人の女子大生の殺害容疑に知的障害をもつ青年ゲイリーが起訴される。ロー・ス クール時代の友人スティーブと再会し、その妻ドナと弟であるゲイリーと事前 に知り合っていたことと、この裁判から得られる名声と富に目が眩みピーターは弁護を引き受けるのだった。主人公ピーターの自己中心ぶりとその甘さには ほとほと愛想が尽きるといった描写が中盤まで続き、正直いらいらさせられる。知的障害をもつゲイリーを誘導尋問によって起訴に持ち込んだ警察のやり口、弁護側の全く捗らない捜査など、もどかしい展開が続くが物語の三分の 二が過ぎた頃から俄然急展開を始める。ピーターが次第に自分のみの利益とい う視点を捨て、事件にのめり込み心からゲイリーを救いたいと思う心の成長がこの事件に張り巡らされた罠を暴き出していく過程がとてつもなく巧い。登場人物が著者のエンターテイメントとしての駒としてしか描写されていないなど欠点もあるが、それを補うほど面白かった。

  • 『匿名原稿』スティーヴングリーンリーフ, Stephen Greenleaf, 黒原敏行 早川書房

匿名原稿 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

匿名原稿 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

元弁護士の私立探偵ジョン・タナー・シリーズ第七弾。タナーの友人である弱 小出版社の社長の前に忽然と現われた未完の匿名原稿は、ある学園で女生徒に 性的暴行を働いたとして謂れのない容疑をかけられ監獄に送られた教師の復讐 譚である傑作であった。友人に未完の原稿の残りと著者の行方を捜すように依頼され、これは実体験ではないか?そう感じたタナーは虚構と現実の狭間にある真実を掬い上げるべく捜査を開始する。ハードボイルドとしての余韻は私には然程感じられなかったが、巧緻を尽くした構成の妙と匿名原稿と現実の事件との差異から導き出された結末はミステリとしての読み応えが充分であるように感じられる。個人的に不満なのは匿名原稿の著者の苦悩、行動が鮮烈に描かれなかったことである。これほどのキープレイヤーが輪郭としての人物としてだけしか描かれなかったのが至極残念。この人物をタナーの心にもっと食い入 らせ 衝撃度を強ませれば、より余韻が深くなったのではないだろうか。感情よりも知性に比重が置かれたシリーズとして、私にはどちらかというと本格が好きな方にお勧めしたい作品である。

  • 『罪の段階』リチャード・ノースパタースン, Richard North Patterson, 東江一紀 新潮社

罪の段階

罪の段階

著者のデビュー作『ラスコの死角』での主人公パジェット弁護士が引き続き主人公。パジェットの子供カーロの母である女性キャスターメアリがレイプされそうになったとして人気作家ランサムを射殺。殺人現場で発見されたテープは大女優が語るかつての大統領候補とのある出来事が。メアリがパジェットに弁護を頼んだことから、彼らの過去を巻き込んだ運命の輪が廻り始める。主人公た ちの運命を握るテープの公表をめぐり検察との対立から予備審問の道筋を選ぶ展開のせいか、陪審不在の法廷描写は他のリーガルサスペンスと少々気色が違う。パジェットの有能ぶりは実は法廷よりも私生活、息子カーロとの関係に収束されるのも面白い。法廷ではパジェットの助手である弁護士テリ、判事の キャロライン、検事のシャープ、被告のメアリと女性たちの攻防がメインとな る構成でレイプがあったのか?という焦点に、テープに関わる女性群像、それ ぞれの家族との葛藤が描かれていく。裁判そのものに関するカタルシス、最終弁論よりも、パジェット一家の葛藤のクライマックスに比重が傾いたのが、 リーガルサスペンスとしてのジャンルの求心力に欠けるが、物語としての完成 度は非常に高い。

  • 『貴船菊の白』柴田よしき 祥伝社

貴船菊の白 (祥伝社文庫)

貴船菊の白 (祥伝社文庫)

京都を舞台に題材にした短編集。柴田さんの描く京都は、人の男と女の艶と涼・情念が古都の風習と生活と絡まりあって、見てきた景色・見ていない景色と、女の生きる場所・男の死すべき処を暗示させる、艶やかで官能的な灯が点る場所だ。僕が感銘を受けたのは『幸せの方角』という作品。吉田神社の節分 祭を見に来た作家が、むかし編集者をしていた男と出会う。ふたりは酒を飲み 交わしながらむかしの話に興じ、作家が愛した一人の女性との過去に行き着くが、そこから臆病な三人の恋が顕れるのだった。人の気持ちを慮ってしまう故に恋を告げられない男、不器用に夫を愛し続けた女、意地ゆえに我を張り一人 の女を傷つけた男、みな不器用で臆病で、求める幸せの方向性を違えてしまった。恋し、傷つき、失い、生きていく、京都の桜を見上げ、巻き寿司を食べながら、また幸せを求め歩んでいく。そう人は歩んでいくのだ。何かを見上げな がら。共に…

  • 『闇よ、我が手を取りたまえ』デニスレヘイン, Dennis Lehane, 鎌田三平 角川書店

闇よ、我が手を取りたまえ (角川文庫)

闇よ、我が手を取りたまえ (角川文庫)

ボストンを舞台にした幼馴染の男女探偵パトリック&アンジーシリーズ第二弾。まさに傑作。アイリッシュ・マフィアに息子 の命を脅迫された精神科医の依頼を受けたふたりは、街に巣くうものと対決す ることとなる。このシリーズは幼い頃から住んできたものたちの知る街そのもののベースが物語に対するものとして非常に強いのが特徴。端的に云うと今回は暗黒のご近所物語ともよべるかも。前回の主人公ふたりの過去の超克から街の過去をひっくるんだ超克へ物語は深化したと思う。ラストの疾走感 も前作と比べて格段の進歩で震えがくるほどのエンターテイナーぶり。

  • 『黒と青』イアンランキン, Ian Rankin, 延原泰子 早川書房

黒と青―リーバス警部シリーズ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

黒と青―リーバス警部シリーズ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

リーバス警部シリーズの日本では初登場作。石油採掘基地に勤める労働者が殺 し屋に襲われた状況とみられる転落死の事件、1960年代にスコットランドを 震撼させた女性連続絞殺魔バイブル・ジョンを真似たジョニー・バイブルと呼 ばれるコピーキャットの出現、リーバス警部が先輩の刑事とかつて手掛けた事 件の犯人が収監中に無実を訴え自殺、ベストセラー作家でもあった囚人はマス コミにとって格好のネタであったのでリーバスは警察の内部調査をうけ窮地に陥る。これらの事件が微妙に絡み合いアバディーンという都市に行き着くの だった。麻薬売買、組織の警察への浸透による腐敗、事件に関わると見られる 石油採掘の現状、そこから垣間見えるスコットランドの都市像、場面事のカッ トを印象づける様々なロックのナンバーというテクニック、ふたりのサイコキラーの相関係という見せ方の巧さ、一匹狼的なリーバス警部の捜査は、周りの協力者からの情報の効果的な活用をしながら最後は自分自身で突っ走るといった危機感をもっているといった演出法がモジュラー型警察小説としてのこの作品を一級品としている。個人的にはリーバス警部をもう少し絶対的な個としての警官像として描いて欲しい気もするが、モジュラー型としては文句が出ない作品。各事件のリンクが絶妙で心底感服した。

象牙色の眠り (文春文庫)

象牙色の眠り (文春文庫)

家政婦が見た午後の鬱屈した気だるさ漂う金持ちの家庭を描き出していた物語 は徐々に退廃さを増し、破滅へと向かう。小池真理子の退廃と皆川博子の熟知された境界の向こうを合わせたような色彩を感じる。この著者の力量に改めて感服。すごい。

今日はアールヌーヴォー展に行くつもりであったので、上野駅で待ち合わせた のだが、待ち人たるや、かの駅にて30分も迷うのである。肩を竦め、や(左に) ・れ(右に)・や(左に)・れ(右に)と、スウェーデン王室の作法にのっとり首 を振り、心から息を振り絞ってため息を吐くのは私のささやかな権利であろう。だが、敵も然る者、私の最近の老けようを当て擦りながら、くすんだあな たの巻毛は子爵級だ、と言いはなつ。かつては陛下より伯の冠を受けし我は侮辱ととり、我が手に嵌めし白きレースの手袋を相手に投げつける。決闘は上野と言うことで有馬式吹き矢である。実力通り我が相手の右眼を潰す。我がそなたの眼となろう、ただし邪眼だがな。上野では旧幕府の残党が溢れていたため、怖じ気ずいた我らは目黒にある東京都庭園美術館に赴く。『ジョルジュ・ ルース展 [幾何学形態の中の緊張]』を開催中であったのだ。廃屋となった建 物に人物画を、ついで断片的な幾何学的図形を平面に絵具で塗り「レンズを通 して像を結ぶ唯一の視点」にて三次元空間を平面世界の如く見せる手法で現し たアーティストである。私が気に入りし作品は「オルレアン」廃墟を赤で塗りつ ぶし空間的奥行きを黒の座標軸を見失わせる作品である。空間から露出する光 の行き先を暗示させる扉、廃墟の中の書、蒼の厳しさを背景に罅割れた哀しさ と光の隙間の「神戸」、空間の思想家、それがジョルジュ・ルース。

未完成 (講談社ノベルス)

未完成 (講談社ノベルス)

朝香二尉と野上三曹が活躍する第二弾。今回は孤島の基地で消えた小銃を捜査するふたり。自衛隊の前線の現状という舞台設定の面白さは、前回同様で物珍 しさに終わらない端正な造り。民間との交流、転勤、銃さえも携帯できな い警備、自衛隊のシステム、過去の戦争、国防という端正な謎と組み立てが、自衛隊という組織への言及から派生する日本そのものへの問い掛けへと組みあがる。尊厳と疑問が両居する物語。思想設計が為された良い建築物の全体像を眺めたような感覚がする。

ドッグファイト

ドッグファイト

テレパスで犬と交感し共同体クランを作り上げ生活する犬飼いが住む惑星ピ ジョンにある日、地球統合府統治軍がテレパスの指揮する軍用ロボット゛ディ ザスター゛を中心に侵略をする。犬飼いの有族シリウスの名を持つユス、友人 のクルス、キューズを中心にしたパルチザンは、゛ディザスター゛の眼を通り 抜けられる犬たちで反攻を開始する。日本にもスペクタクルなSFを描ける作 家が出たのかと嬉しくなりました。テレパスの使い方は斬新とは言えません が、戦術としての犬の運用が巧いし、その戦闘ゆえの悲劇と主人公の悲哀も納 得できる構成になっている。クルス、キューズの描きこみ不足によるパルチザンの葛藤や最後の駆け足の、この宇宙世界の未来史となる骨格となるであろう 外縁宇宙から生まれたシャドウ(異星人の幽霊といわれている)の影響下による 主人公の意識の拡大の唐突さなど欠点も目立つ。デモ、人類の遺伝子の進化シミュレーションをしているサンクチュアリ、そこから生まれた精神感応力を持 つ能力者アフタースケール、地球統合府統治軍がもつ一方の進化シミュレー ションを行なっているジオ、そして外縁星への侵略など、スケールの大きい キーワードで楽しませてくれる。

0年代後半、"ちっちゃいものくらぶ"に対抗し、埼玉北部のハイソな方々が結成した"だっるいものくらぶ"は夏になると熱いダルイを連呼しお互いを消耗させる素敵な趣向を持った会だ。今日はその会長に誘われ伊勢丹美術館のアール・デコ展に行った。ルネ・ラリックの無色ガラスを中心にした花瓶にはうっとりする。人の純粋な香りが匂い立つようだ。『デカンタの三つのゴブレット<六人の人物>』『三つのゴブレット〈アンドロー〉』の一式にはとても惹かれた。ガラス工芸ではスザンヌ・オーザノー『幾何学模様の瓶-ルイ・ヴィトン-』の数々などを観賞。家具ではウジェーヌ・プランツの『折畳み式テーブル<ヘクサゴン>』、やし材で象られた菱形の佇まいにテーブルランプによる陰影の浮き出方が絶妙だ。ライティングが巧い美術館で作品の良いところが見やすかった。先週が先週だったもので好きな作品の前にずっと居られるのには幸せを感じた。

三姉妹の不倫、妊娠、兄への恋とそれぞれの秘密を抱えた日々を、水が満ち、弾 き、染み渡り、優しく、哀しく、生活に溶け込んだハノイを舞台に描く。家 族、愛、生活、嘘、人の葛藤よりもその場面ごとに匂いたつ官能とそれを包む 水の香りに酔いしれる映画だった。

ΑΩ(アルファ・オメガ) (文芸シリーズ)

ΑΩ(アルファ・オメガ) (文芸シリーズ)

冒頭の飛行機墜落後 の乗客の遺体確認の凄惨なシーンは、『天使の囀り』以来の素晴らしいグロ描 写。要するに宇宙より来た別種の超生命体の死闘が片方はひとりの男に、そし てもう片方は人類そのものに寄生し黙示録と笑劇の微妙な境目に展開する物語 なのだが、イマジネーションの奔流と笑うしかないグロテスクな変貌を遂げる 人類への悪魔(著者)の愛には感動すら覚える。

「厄落とし」故郷に住む親友からの年明けの電話「正月早々に墓堀りすることになったんよ」、このことから恭子に親友のご先祖が取りつく。特典は美肌効果、恐怖つき。「テディMYラブ」何かと凝る妻が凝り出したのはテディベア造り、そこから始まる夫とクマの家庭内のはーどぼいるどな惨劇。武器はチタンのゴルフクラブ。「初心者のための能楽観賞」好きな子から誘われた能楽定例公演。公演は「杜若」、そして二回目は「猩々」彼女の説明を受け、気持ちよく睡眠に入ると隣に誰かがいるような奇妙な感覚が、そして夢には猩々が。蚊に好かれると婿殿になれるらしい。「形見分け」母が知人から貰ってきた形見の品々、江戸題材のレポートにいいかもと思いながら、着物や三面鏡の前に立つとそこには…。「戦慄の湯けむり旅情」若い女性4人組が目指すは秘湯の露天風呂。漫才をしながら着いたのは冥土温泉に三途旅館。そしてモチロン惨劇が…。最高!各編の主人公と親友との、部下との、恋人未満の女の子との押しの強い母、元気な妹とのやりとりが、軽くて楽しく、傍から見たらお馬鹿な気のおけない同士のやりとりが頷きながら読める。そのすっとぼけた語り口から、恐怖も生活だという落ちへの繋がり、演出効果も巧い。とにかく健康に良いすっとぼけた毒のあるホラーだ。この作品にある一文、毒も少量ならば薬になるのと同じ論理。夏の暑さに瀬川ことびという毒を、ホラーを。

モンスターフルーツの熟れる時

モンスターフルーツの熟れる時

猿楽町を舞台にしたサーガである本作は歴史が生み出す ヒエラルキーの闘争を神話的な支配者によるうねりとして描いてみせる。語り手である"わたし"を愛した女神たち、第一話、圧倒的な性の力、生み出す力を 持つ女。第二話、霊的な美しさを持ち、それを広める女を出逢いから滅びまで描く。第三話からは、わたしの正体をめぐる回帰と蹂躪に仕立て上げる。それぞれのパートには、SS、ネプチューンメンと支配する種族を提示し、権力闘争が描かれる。そして生み出される"王"とは。

久世光彦は何故こんなに心地よいのだろう。登場人物たちが"なにか"にもう委 ねた存在として 在るからなのかもしれない。委ねたものは、なんなのだろう。委ねたからこそ 既に失い、得られる、心、人、美。狂える人に郷愁を、許しを。得るものは、 幻視、狂を愛し、未来をみない。花が人が散る…幻のしあわせを。わたしは羨 み狂えず委ねない自分に絶望する。